カテゴリ:wedding( 5 )

4年越しの結婚式

私は小さい頃から「お嫁さん」に憧れていました。同級生の誰よりも結婚願望は強かったような気がします。


妊娠から始まった結婚生活、パパは学生だったし金銭的にも余裕はなかったし、「お嫁さんになりたい」なんてお願いすることはできませんでした。

もともと「披露宴」という儀式自体をあまりよく思っていなかったパパなので尚更。



Coが産まれて2年、義姉が結婚することになり参列した結婚式で見た義姉のキレイな姿、私の中で諦めきれない夢が再燃してきました。
きっとそれを見てパパも思うところがあったんだと思います。
それとなく話してみた私たちの結婚式、やろうか、という方向に話が進み出したからです。





それから2年後の2013年11月2日、とうとう結婚式を挙げることができました。


私たちらしい自由な形。


鎌倉 鶴岡八幡宮の舞殿で観光客に見守られながら挙式を挙げ、パパの母校東大駒場キャンパス内のルヴェソンヴェール駒場にてパーティーをしたのです。

私たちの望みは
①列席者とたくさん触れ合いたい
②美味しいご飯を食べたい
③私たちらしくフリースタイルでありたい

それだけでした。

それだけだけど、一般的な式場では難しいことなのです。


まず、
●列席者とたくさん触れ合うためにお色直しはしない(途中抜ける時間がもったいないから)
●一般的な催し物は一切しない(ケーキ入刀、キャンドルサービス、両親への手紙など)
●祝辞なし(固くなるから、大抵つまらないし)
●司会者なし(私たちのことを知らない人に仰々しく紹介してほしくない)




ということで私たちのプランは、(新郎自ら司会)
家族で入場
新郎挨拶
乾杯(新郎友人)
フレンチフルコース
  ◯新郎による食材紹介 米は私の実家で作ったもの、ハーブはパパが作ったもの、という話をスライドを使って説明(食べながら聞いてもらう)
友人余興 親友による歌、伴奏は新郎姉
餅投げ
デザートビュッフェ(ガーデン)
新郎父挨拶
退場




デザートビュッフェの時間を1時間設け、ガーデンで持ち込んだお酒とともにダラダラしよう、というプランでした。とても広いガーデンなので卓球台を起き、キッズスペースも設けました。

しかし当日はまさかの雨、ガーデンに出ることはできなかったもののデザートを食べながらゆっくり、まったり全員とお話することができたのです。

今まで見てきた結婚式では新婦が2回もお色直しに中座して中々話ができなかったり、他の列席者と交流することも無かったのですが、今回1時間のフリータイム(デザートビュッフェの時間)を設けたことで知らない人同士が繋がっているのが目に見え、とても微笑ましかったです。

参列者の皆にも、「今までで一番楽しい会だった」と言ってもらえ、おもてなしとしては成功したんではないかと本当に嬉しく思います。




そして何より憧れだったウェディングドレスが着れたこと。

友人にブーケと花冠を作ってもらい、全て手作りして(息子達のスーツ、ウェルカムボード、招待状、席札、席次表は無しで前日にpdfにて送信)、私たちらしい結婚式となりました。



諦めていた夢を叶えてくれたパパには感謝の気持ちでいっぱいです。



本当にありがとう。



幸せな今があるのは、可愛い可愛いCoとSageのおかげもあるけれどパパのおかげです。



これからもよろしくね。











これから結婚式を控えている皆様、どうか型にとらわれず自分たちらしいお式を挙げられますように。



c0269855_0202394.jpg



c0269855_0212286.jpg



c0269855_0225970.jpg

[PR]
by yorimai0529 | 2013-11-06 00:26 | wedding

4年越しの結婚式 出産

2009年10月7日 AM1:44

長男 Co 誕生   3208g
c0269855_23211059.jpg





何とも言い難い瞬間でした。




破水から始まったお産、破水もバシャっと一気に流れ出ずチョロチョロだったので始めは気づかず普通に生活していました。

17時頃、いつものように散歩に行こうと立つと何やら湿った感じがしたのでトイレへ。
パンツはちょっと濡れてるけど、おりものかな??というくらいの湿った感。
一応ナプキンをあてていつものように散歩へ出かけました。
帰宅後普通に夕飯を食べ、お風呂に入ろうとトイレへ行くとナプキンが少し重い。
何かの水分を吸っている感はあったものの全く陣痛的なものがなかったのでそのままお風呂へ。
でもやっぱり気になってお風呂あがりに病院に電話すると、「すぐ来てください」。
21時すぎ病院に到着して内診すると破水とのこと、そのまま入院となりました。
その頃から何だか痛い気がする・・・という鈍痛が始まったのです。
「初産だし今日は産まれないだろうから、明日の朝促進剤入れましょう。今日はゆっくり休みなさい」
先生がそう言うのでお母さんは帰宅、パパが付き添ってくれました。

母が帰ってすぐ、段々とお腹の痛みは強まり、24時をまわる頃には絶えられない痛みになっていました。助産師が内診すると「子宮口は開いてきてる、すぐにお母さんを呼びなさい!」
パパが電話してくれ、あれよあれよという間に分娩室へ誘導されました。
痛みがある時と無い時の差が激しすぎて、痛みが落ち着いている間も「あと10秒でまたあの痛みがやってくるーーー涙」とパニックに陥っていた私。(看護師談)
お母さんが到着してすぐ、3回のいきみでポロンと長男が産まれました。

あまりの陣痛の痛みのおかげで、いきみは全く痛みを感じることなく、会陰切開も全く気づかず終了。ただ人生の中で体験したことないくらい壮絶な痛みだったので、産まれた瞬間は「感動」を忘れ「終わった・・・」という安堵感でワンワン泣いてしまいました。それはそれは赤ちゃんの産声よりも大きな声で。





Coが産まれてから、私がCoへ集中したこともありパパとバトルすることもなく平穏な毎日。新婚生活が何だったのだろう、というくらい幸せな日々がやってきました。
一般のサラリーマンと比べると家にいる時間が長いパパと私とCo、3人で昼寝したり3人で公園へ行ったり、毎日が充実していて毎日笑って過ごせました。

Coが我が家を笑顔に変えてくれたのです。

c0269855_23421924.jpg




本当に、本当に産まれてきてくれて、ありがとう。






つづく
[PR]
by yorimai0529 | 2013-11-05 23:44 | wedding

4年越しの結婚式 同棲〜妊娠

そんなこんなで意気投合した私たちは同棲を始めました。

スノボをするために夏休みを利用してNZにきていたパパ、元々数年前にNZのOtago Univercityへ留学経験があり土地勘もある。これからWanakaというスノボの聖地へ行くから一緒に行く?という軽いのりに便乗し着いていったのです。

Wanakaはスノボの聖地というだけあって、たくさんの日本人がいました。皆、NZが冬である7〜9月の3ヶ月間だけ滞在するのです。もちろんパパもその中の一人。
皆は毎日ヒッチハイクで雪山へあがり滑るという日々の中、スノボ目的でない私はプラプラするわけにもいかず、バッパーやモーテルのhousekeeping、インドカレー屋のウェイトレスなんかをやって過ごしました。

夏が終わると観光ビザ(3ヶ月)で入国している日本人達は続々と帰国していきました。もちろんパパもその中の一人。
帰ったら会おうね、そう約束して離ればなれに。

その後私は苺の工場で3ヶ月働き、1年間のワーホリが終了したので帰国しました。
私が帰国したのは12月末、日本は冬。大学生だったパパは冬休みを利用して白馬(長野)へ行くと言い、帰国したてで身が軽い私はホイホイ白馬へ着いていったのです。

白馬ではスノボ仲間との共同生活、毎日が自由で濃い生活でした。
毎日滑りに行くほどのめり込んではいない私は、ここでもやっぱりプラプラするわけにはいかずホテルでバイトすることにしました。

そんなこんなで毎日のんびり過ごしていた2008年2月、体調の変化を感じ始めたのです。

まさか、とは思いましたがダルい、眠い、そして何より生理が遅れている。
毎月28日ぴったりできていたのに5日も遅れてる・・・まさか、まさか、そう言い聞かせながら妊娠検査薬を使いました。
結果は陽性、もちろん「嬉しい」という感情はなく、目の前は真っ黒。

泣きながら二人で何度も何度も話し合い、堕ろす話も出たけれどやっぱりそれはできなくて。
パパが学生という立場もわかっていたので一人で産んで育てる決心をした時、パパが腹をくくりました。
一緒に育てよう、と。

そこからはあれよあれよと言う間に話は進み、2009年4月 東京で二人の生活が始まりました。
この時パパは大学院修士課程1年生でした。

妊娠の報告をした時、うちの親は
「正直手放しでは喜べんけど、自分でそう決めたのなら頑張りなさい。しんどくなったら帰ってくればいい」と送り出してくれました。
しかしパパのお父さんは反対していて、はっきり言ってはこないけれど「堕ろす」ことを諭してきたそうです。でもお義母さんが「堕ろさせるなんて選択肢はないわよ!そんなことさせたら離婚する!」と猛反論してくれ私が嫁として迎えられたのです。

親友に報告すると、大激怒。
親にも怒られることなく背中を押してもらったので、祝福されるであろうと完全にはき違えていた私はショックを隠しきれませんでした。罵倒され、悲しくて悔しくて、でもそれが間違っていないから尚更自分が情けなくて・・・ものすごく悲しい思いのまま新婚生活をスタートさせました。

大学院生だったパパに収入は無く、生活費のために家庭教師をハシゴして生計をたてていました。帰りは遅く、帰宅してら自分の勉強をしていたので、勉強のさまたげにならないようにヘッドホンをつけてテレビを見たり、音をたてないように静かに過ごす毎日。日中はもちろん一人ぼっち、いきなりの東京生活だったので友達もいなく、ましてやまだ妊娠中なので公園に行ってママ友作って〜というわけにもいかず、ただただ孤独でした。会話がしたくても誰もいない、パパは勉強で忙しい、どんどんどんどんフラストレーションは溜まり、パパにあたってばかり。パパもまだ子どもで受け入れること、長すことができず衝突する毎日、涙を流さなかった日は無いほど泣いてばかりの新婚生活だったのです。






つづく
[PR]
by yorimai0529 | 2013-11-04 22:36 | wedding

4年越しの結婚式 出会い

2013年11月2日(土)

念願かなって4年越しの結婚式を執り行いました。




数年前、私はスポーツトレーナーとして病院勤務していました。

しかし日々の業務に疑問を感じていたこと、トレーナーとして海外の現場を見てみたかったこと(日本におけるレーナーの地位が低いため)、海外の文献を読めるようになりたかったこと、高校時代の交通事故で諦めていた留学が諦めきれていなかったこと、色んな思いが重なった2007年、自分の可能性を広げるために離職し単身New Zealandへ渡りました。

語学学校に通い、転々と居場所を変えて色んなバイトを経験しました。そもそもWH(ワーキングホリデー)は3ヶ月以上同じ仕事をしてはいけないのです。

NZ生活も終わりにさしかかった頃、私はOhakuneというマニアックな小さな小さな町の人参工場で働いていました。工場近くのバッパー(backpackers hostel)で寝泊まりし、毎朝オーナーの弟がバッパーに住むworkerを拾っていってくれるのです。

ある日、バッパーのオーナーに呼び止められ
「今日日本人の男の子がくるよ」
と告げられました。
NZ自体に日本人は多く、どの町に行っても必ず日本人はいました。
しかしこのOhakuneという小さな町には私以外に日本人はいなく、日本人客が来るなんて非常に珍しかったのです。
「へ〜珍しいね。スノボ?(観光地ではないけれど小さな雪山はあったので)」
と聞いていると
「Hi,I'm Taka」
とまさにその日本人が入ってきました。

これがパパとの運命の出会いです。

まだ大学生だったパパは長髪ドレッド、耳には0Gの大きなピアス、みるからにチャラい都会の大学生、アホそうなその見た目はまさに私が一番嫌いなタイプだったのです。

ある晩、私は現地で買った英語のgrammar bookを毎晩やるのを日課にしていて、この日もダイニングのテーブルで黙々と勉強していました。するとそこへチャラい大学生がやってきて
「毎晩勉強してるよね??何勉強してんの?英語??俺、教えようか??」

「うわー。チャラい。言い方がチャラい。(田舎者には標準語は全てチャラく聞こえるw)」
と思ったけれど、結果教えてもらうことに。
見た目以上に頭のよかったパパは英語が堪能、わからないところも丁寧に教えてくれました。

そんなこんなで毎晩パパから英語を習うことが日課となり、二人の距離が縮まっていったのです。





つづく(笑
[PR]
by yorimai0529 | 2013-11-04 22:00 | wedding

二色丼弁当☆幼稚園 & ヘアメイクリハーサル

c0269855_15301218.jpg


●二色丼 豚そぼろ+卵
●ツナじゃが
●コロコロごぼうの甘酢がらめ
●ブロッコリーのごま和え
●かぼちゃとレーズンのサラダ
●幸水梨







本当は3色にしたかったそぼろご飯。

緑がブロッコリーとモロヘイヤしか無かったので、仕方なくの2色です。



ツナじゃがは肉のかわりにツナで。

メインにお肉がある時はツナに変えたり肉無しにしたりしてます。(今日のメインはそぼろ)

too muchタンパク質(動物性)にならないように。





今日は11月の結婚式準備、ヘアメイクのリハーサルでした。


11時に銀座へ。


Coは幼稚園だからいいけれど、連れて行ったSageは一番眠い時間。

もちろんグズグズ。


他のお客様もいないこと、スタッフさんがとても良心的なことに心を開ききってしまった私は、鏡の真ん前でメイクしてもらいながら授乳。授乳ストールなんか使わず片乳ポロン。笑

なんとも緊張感のないお客だったと思います(汗



写真を見せ、イメージを伝えるも優柔不断な私は、

いやー。どうなんでしょう。どれが似合うのかわかりません。

と丸投げする始末。。。


そんな私に、とりあえずやってみましょうとこれまた良心的なお姉さん。



自分のイメージとお姉さんの提示してくれた髪型両方作ってみて比較することに。



結果、理想は理想であって想像していた完成図とは何かが違う。

お姉さんが提示してくれたほうが私らしくシックリくる。


ということでお姉さんオススメの髪型に決まりました。(和装はね)


さすがプロ。


初めて会ったのに、その人に合うものがわかってらっしゃる。

着物の色、顔立ち、顔と頭のサイズ、髪質、当日の私の行動範囲や子連れであることを考慮してのオススメ髪の提示でした。

こういうのって客観的に見てもらったほうがいいんだな、と実感。
(自分らしさが自身でわかっていない私のような人は得に)




洋装も納得いく髪型が完成し、あとは当日髪飾りを乗せてみての調整、ということになりました。

髪飾りは友人が生花で花冠を作ってくれるのでドキドキ♡

彼女とも打ち合わせをしなくては。

センス溢れる彼女、楽しみで仕方ありません。





メイクも初つけまつげでテンションあがり、普段化粧っけの無い私にとって、とても貴重な体験となりました。

女子力上がった気がするな〜笑






c0269855_1625474.jpg



c0269855_163868.jpg


いつも読んでくれてありがとうございます!
見たよ、の印にクリックお願いします♡
にほんブログ村 料理ブログ お弁当へ












[PR]
by yorimai0529 | 2013-09-19 16:11 | wedding


人で溢れる食卓を目指して。 安心、安全な生活の記録。


by yorimai0529

プロフィールを見る
画像一覧

最新の記事

閉店
at 2016-03-27 21:03
オモチャの断捨離
at 2016-03-23 17:11
fam trip
at 2016-03-20 23:05
ドッヂボール大会
at 2016-03-16 20:22
卒園式
at 2016-03-13 16:47

画像一覧

ブログジャンル

メモ帳

最新のトラックバック

ライフログ

検索

タグ

ブログパーツ

ファン